おいしい諸行

すべては無常

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常夜鍋のみたいなシンプルな鍋がおいしいと感じるお年頃

子供の頃に鍋で嬉しかったのは、鍋のフタを開けた瞬間だった。

 

何が入っているかわからない状態で、小さな穴から白い湯気がでてくる。その湯気からはおいしいにおいが漂ってくるのだ。

そしてフタを取る。開けた瞬間は湯気をまとっている状態だからますぐに何が入っているかはわからない。湯気がなくなってくると肉や魚や野菜がギュウギュウに詰まっている。いろんなものが食べらるからなんだか得をしたような気がしてとても嬉しかった記憶がある。たまに今まで食べたこともないものが入っているのが鍋だった。聞いたことのない白身魚や白子なる食べ物、水菜も鍋で初めて食べた気がする。鍋は新しい発見の連続なのだ。

 

子供というのは、新しいものの発見の連続である。

そもそも知らないことが多い。特に食べ物に関していえば子供が好きなものはありきたりなものばかりなので、親もそういったメニューを作ってくれることが多い。もちろん子供向けのメニューだから美味しく食べるのだが、大人が特別に食べている食べ物というのは、なんだか美味しそうに見えた。

実際にそれを食べさしてもらうとやたら塩辛かったり苦かったりして美味しくないことが多い。それでも大人のものを食べるという経験が楽しかったしドキドキした。

 

ここから大人になってからの話になるんだけど、「気がつけば」なんてことを言えるわけもなく大人の自覚を持たなきゃいけないのに子供みたいな心をもっていたいみたいな状態でアラサーも後半戦を迎えているわけです。

大人になるとさー急にシンプルな食べ物を食べたくなるときあるよねー。

そんなときに食べて美味しかったのが常夜鍋

 

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具材は2種類だけ

豚バラをクレソン。本当はほうれん草を使うんだけどクレソンを冷蔵庫にたくさん残していたから代用で。日本酒と水で埋めた鍋に昆布をいれて出汁を取る。そこにちょっと醤油やらをいれて味を調整してクレソンと豚肉をどーん。

ちょっと白ごまを振りかけてパンチが欲しかったからラー油をちょろっとかけた。

 

大人になるとそれなりに知識があるので、新しいものに出会う機会は子供のころと比べると減ってしまう。食べ物に関して言えばお金をだせば珍しいものを食べることをできるだろうが日常の食事ではそうはいかない。今まで何回も食べたことがあるものをまた食べるのだ。鍋だってそうだ。寄せ鍋なんてワンパターンすぎて面白みにかけてしまう。

じゃあもう鍋の具を極限まで減らしてしまおうってのが良かった。

いろんなものを楽しむのではなく、一つ一つの具材の味を確かめる。口にいれた時の食感や温かさが毎回違うことに気がつく。具材がいっぱいの鍋と違った味わい方がシンプルな鍋にある。

 

大人になると仕事や家族や人生やらなんやらと考えることが多くなる。

子供のころのように目の前のことだけにに集中することができなくなってしまってような気がする。

でも思い切って物事をシンプルに絞って考えれば、その物事をいろんな角度から見えることになるみたいだ。

そういったことを気がつかせてくれる鍋だった。

大人がシンプルな料理を食べたくなるのはこういうことなんだな。